親なき後に備える民事信託
障害のあるお子様がいる家庭では、ご両親がお子様のサポートをしている場合が多いと思います。しかし、将来、ご両親が高齢になり、身体的・精神的にお子様のサポートが困難となった場合には、ご両親に代わってお子様のサポートをする体制が必要となります。
これまでお子様のサポートをする法的制度として言われてきたものは後見制度でしたが、今回は、後見制度以外の選択肢として民事信託をご紹介します。
〇 検討ケース
相談者である父親(70歳)には、重度の障害を持った長女(45歳)がおり、施設で生活しています。他に子どもはおらず、母親は他界しています。
父親は長女が将来生活に困らないよう、無駄遣いをせず財産を貯蓄してきました。しかし、年齢を重ねるにつれて徐々に体力が衰えてきており、自分が認知症になって施設に入らなければならなくなったときや、自分の死後の長女の生活について心配しています。
父親には信頼できる姪(35歳)がおり、今後は姪に対し、一定のまとまった金銭の管理を依頼し、また、自分が死亡した後には、長女のために財産を使用して欲しいと考えています。そして、最終的に長女が亡くなったときには、残った財産を長女がお世話になった施設に渡したいと考えています。
〇 民事信託の内容
このようなケースでは、民事信託の活用が有用です。
まず、父親が有している金銭の一部について、今後は姪に委ねるという内容の信託契約を結び、父親は、姪に対し、信託契約で定めた一定の金銭を姪に交付します。姪は、交付を受けた金銭を管理するのですが、姪が管理する金銭は、父親の生前中は、父親に生活費を給付するなど父親のために使用します。そして、父親が亡くなった後は、長女の施設費用を支払うなど長女のために使用します。長女も亡くなった時点で姪の財産管理は終了し、残った財産は長女がお世話になった施設に渡します。これが、民事信託を利用した場合の一連の流れです。父親が生前のうちに信頼できる人に財産を託し、父親の死後も長女のための財産管理が続くという点が信託の特徴といえます。
〇 民事信託を選択するポイント
民事信託を利用した場合、次のような点がメリットとして挙げられます。
① 父親が認知症になっても管理が継続する
父親が認知症になってしまうと、父親自身が財産を管理することは困難となります。この点、信託を利用すると、父親が元気なうちに、信頼できる親族(本ケースでは姪)に財産を移していますから、仮に、将来父親が認知症になったとしても、信託した財産に関しては、姪による財産管理を継続することができます。
② 父親が死亡しても預金が凍結されない
また、信託をすると、財産の名義が移転しますので、交付した金銭は、姪名義の預貯金口座で管理することになります。信託後に父親が死亡したとしても、姪名義の口座は凍結されませんから、相続が発生しても、途切れず長女の支援を続けることが可能です。
③ 長女に対し、必要なタイミングで必要な財産を交付できる
通常の相続の場合は、相続した財産は一括で交付されます。これに対し、信託の場合は、姪に交付した金銭については、父親が亡くなったとしても姪が管理を続けますので、長女にとって必要な生活費等を必要なタイミングで給付することができます。
④ 最終的に残った財産を施設に渡すことができる
通常の相続の場合は、父親から長女に財産を承継させることはできますが、財産を承継した長女が亡くなった場合、残った財産を誰に承継させるかまで指定することはできません。これに対し、信託を利用すれば、信託した財産に関しては、最終的に残った財産の帰属先を指定することができます。
執筆者プロフィール
弁護士 杉山 苑子