信託にまつわる小説・映画
日本で民事信託が普及してきたのはここ数年のことです。
しかし、信託の起源は古く、中世のイギリスが発祥と言われています。欧米では、家族や信頼できる知人に財産管理を委ねるという信託の仕組みが古くから利用されており、私達が目にする小説や映画の世界でも、物語を展開するための仕掛けとして信託が利用され、日常生活に根付いていることがうかがわれます。
エンターテイメントの世界で信託がどのように描かれているかのぞいて見ましょう。
古典ミステリーと信託
誰もが知っている名探偵といえば、イギリスの作家コナン・ドイルが生み出したシャーロック・ホームズではないでしょうか。有名な「赤毛組合」(1891年発表)は、赤毛の富豪が残した遺産で赤毛の人達のための組合が設立されたところ、そのメンバーに欠員が生じたという広告が新聞に掲載され、これに応募した赤毛の紳士がホームズに相談するところから始まります。
組合員に入ると、形式上の仕事をするだけでお金がもらえるというのですが、これは、富豪の信託した財産が、赤毛を持つ受益者のために給付されるという内容の信託と解されます。
アメリカの作家であるエラリー・クイーンの作品の中にも信託を見ることができます。架空の町ライツヴィルを舞台にした「災厄の町」(1942年発表)では、町の名家の次女が新婚早々に毒殺されそうになるという事件が発生します。
次女は、祖父が信託した莫大な財産を結婚と同時に承継しており、次女が死亡すればその財産が夫のものとなることから、夫が容疑者として浮上します。
また、災厄の町に続く「フォックス家の殺人」(1945年発表)は、12年前に妻殺しで有罪判決を受けた父の無実を証明するまでの物語です。
父は、自分の財産を妻に遺贈するとの遺言書を作成していましたが、妻の死後、その財産を兄に信託してしまい、息子が成人になるまで、その管理を委ねました。事件から12年後、すでに無効になったはずの遺言書が盗まれたことが、事件解決の布石となります。
ハワイを舞台にした信託
映像作品でも信託が扱われている作品を目にすることができます。アカデミー賞受賞作品でもある映画「ファミリー・ツリー」は、ハワイを舞台に、家族崩壊の危機に直面した一家の再生のドラマです。
ジョージ・クルーニーが演じる主人公は、先祖代々引き継いできたハワイの広大な土地に関する信託の受託者であるところ、数年後には信託期間が終わることから、信託期間中に受託者たる自らの判断で管理している土地を売却してしまうのか、そのまま土地を持ち続け、信託終了後に親族らと共有する形で土地を維持し続けるのかという決断を迫られます。
映画では、信託のほか、尊厳死も扱っており、ハワイの壮大な景色を味わいながら、見終わったときには暖かな気持ちになれる作品です。
また、実際にハワイで起きたスキャンダルを描いた「信託崩壊-裏切られた信頼」(原題「broken trust」)は、受託者の不正を暴いたノンフィクション小説です。
19世紀、カメハメハ王家の末裔の王女が莫大な土地をハワイ先住民の子ども達の教育のために信託し、20世紀には資産規模100億ドルといわれるアメリカ最大の公益信託となったものの、その信託が、受託者の莫大な信託報酬や利益相反取引によって濫用されたという事件で、強大な権限を持った受託者による背信行為の内容と、その実態が白日の下にさらされるまでのストーリーが描かれています。
現地ではベストセラーとなった作品で、一昨年に日本語版が出版されています。読み応え抜群の骨太な作品ですが、信託に関心がある方は一読の価値ありです。
執筆者プロフィール
弁護士 杉山 苑子