民事信託と成年後見・遺言(その2)
前回(その1)に引き続き、民事信託と共に検討することの多い成年後見・遺言について、両者の使い分けについて見ていきます。
遺言とは
遺言は、生きている間に、自分の死後に残された財産(遺産)を誰に残しておくかを書き記した文書です。遺言を作成することで、どの財産を誰に承継させるのかあらかじめ決めておくことができます。
例えば、自宅と預貯金を持っている人が亡くなり、相続人が長男と長女の2人である場合を考えます。遺言が作成されていない場合、遺産である自宅と預貯金をどのように分けるかは長男と長女が話し合って決めなければなりません。しかし、自宅は長男に、預貯金は長女に相続させるという内容の遺言があれば、このような話し合いをするまでもなく、長男は自宅を取得し、長女は預貯金を取得することができます。
民事信託と遺言の類似点
同様のことは、民事信託を利用することによっても実現できます。
民事信託を利用する場合は次のような流れが考えられます。まず、親であるBが、信頼できるC(親族)に自分の自宅と預貯金(正確には金銭)を預け管理を委ねます。そして、あらかじめ、Bが亡くなったときには、子であるDが自宅を、Eが金銭を取得するようCとの間で取り決めをしておくことで、Bの死後、DとEはそれぞれ指定された財産を取得することができます。
このように、自分の死後に誰にどのような財産を残すことができるのかを事前に決めておけるという点で民事信託と遺言は似た機能を持っているのです。
民事信託と遺言の相違点
他方で、両者には違いもあります。
例えば、先祖代々引き継がれてきた土地を子から孫への引き継いでいきたい場合や、一代で築き上げた事業と世代を超えて引き継いてもらいたい場合、遺言を作成するだけでは限界があります。遺言では、自分の財産を誰に残すかを決めることはできても、その先の後継者まで指定することはできないからです。これに対し、民事信託を利用した場合、例えば、自分の財産を子に残し、子が死亡した時点で残っている財産は子が入所している施設に寄付するといった世代を超えた財産の承継も可能です。
また、遺言の場合、誰にどの財産を残すかを決めることはできますが、渡し方は一括となります。そのため、まとまった財産を受け取ってもうまく管理していくことが困難な方について、月々いくらといった形で生活費を分割して渡すことはできません。この点、民事信託であれば分割交付は可能です。
複数の制度を組み合わせることもあります。
これまで見てきたように、民事信託と成年後見・遺言は、それぞれ似た機能を持ちつつも、独自の特徴を備えた制度ということができます。そして、これらの制度は、いずれか1つしか選択できないものではなく、必要に応じて複数の制度を組み合わせて利用することも可能です。
例えば、財産管理に不安を抱えている高齢者の方が、日常生活には使わない大きな財産を民事信託によって信頼できる家族に託しておき、手持ちの財産については、本人が元気な間は自分で管理を行い、判断能力が低下し、他の人のサポートが必要になった段階で成年後見人を選任し、施設入所を含めた援助をしてもらうといった使い方が考えられます。
制度の特徴を見極めて選択することが大切です。
この他にも、あらかじめ将来の後見人候補を指名しておける任意後見という制度や、成年後見のケースよりも判断能力が残っている方に対して利用される保佐・補助といった制度など、様々な法的制度があります。それぞれの制度の特徴をつかみ、一人ひとりのニーズに合った制度設計を行っていくことが大切です。
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執筆者プロフィール
弁護士 杉山 苑子